引きこもり放談

ゴリゴリの引きこもりだった人がやっている内向的さ溢るるブログ。ラジオが好き。

カテゴリ: 散文

   → くさじる
   → ニュアンスノベル それっぽいだけでなにも書いてない400字小説
   → さんがつじゅうごにちはれ(300字)
   → 迷子
   → 物言わぬ支持者


30年くらい生きている。
またくさじる()に出会ってしまった。

1度目は4年ほど前。食品の宅配サービスを利用していた時期のこと。
某プライベートブランドのにんじんジューズが我がの口鼻に合わず
「こんなもん売るな」と憤怒。
もちろん黙って震えていただけである。

2度目があるとは思わなんだ。
あのくさじるのことも、とうに忘れていたのだ。今日まで。

某プライベートブランドのグリーンスムージー。
カップに付属のストローを挿し、ちょっと横に振ってから飲む。
汁が口に入る直前、小動物臭が。
行きつけのホームセンターにある、鳥ウサギ亀コーナーと同じ臭いがする。
これは、くさじる。

「ゔわ」と思ったところで時すでに遅し。
我がになだれ込むくさじる。
こうなれば食感はありがた迷惑。サクサク。つぶつぶ。
悪寒が走る。もう結構です、甘味の後追いは。

「これは本当にくさじるなのか」「また嫌うしかないのか」
と何度も確認してしまう馬鹿。
最終的に、ハムスターの飼育臭に近いものが鼻を突く。
これは、まごうことなき くさじる。

この世からくさじるを無くすより、我がの好き嫌いを無くすほうが早い。
心身を奮わせながら完飲。





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骨壺を抱えたまま海に沈んでしまいたい、そう思いながら目覚めた。
5月も半ばになるというのに、僕はまだ毛布を手放せずにいる。
多香子さんは、どうして最期にあんな顔を見せに来たのだろう。
僕は考えない。考えてもわからないのだから。

昨夜遅く、多香子さんに会いたいという衝動に駆られた僕は、古いアルバムを眺めた。
いつでも手に入ると高を括っていた多香子さんの笑顔は、この場所にも残らなかった。
丑三つ時の流水音は(おそ)ろしい。何度聞いても慣れない。

この世の終わりに何があるとしても、それは僕に関係のないことだ。
僕に関係のある話なんて、どこにあるのだろうか。
「その虚しい思い巡らしの中に、あなたの不幸因子が潜んでいるのよ。」
多香子さんも、話を複雑にしたがる人なのだ。

僕はいつも週末にのみこまれ、本当に疲れてしまう。

始業時間まであと21分。
早く会社に「今週は背中が痛い」と電話をしなければならないのに、充電器を探す気力もない。







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っこだけ軸にして極めようとしたらなんか宗教観凄まじいじゃないすか、
俺帰ってこれへんくなるんちゃう?とか
帰り道のこと考えだしたらもう集中力完全に切れてますよ。



いくつか選んでいいとこどりみたいなの阿保になるじゃないすか踊る前に飽きてるじゃないすか。
いや怒らんといてくださいよ、どっちに怒ってるんすか。


ほんまこれどうしたらええんかなて。
どうしたらええんかなってめっちゃザックリ人に聞くっていうか投げつけてくるやつはどれもやらんしその時点で心の中に何も残ってないんすよ。


絶対かどうかは知らないっす、腹立ったんやったら今すぐやればええんちゃいますか
って心の中のミサワと揉めたんが今日1番の無駄でした。





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この土地で暮らし始めて、もうずいぶんになる。
わたしは冒険が苦手だ。
道だって同じ。わざわざ奮起しないかぎりは、いつも同じ道を選ぶ。
近所には、わたしの知らない道がまだまだ沢山ある。

だから、迷子になった。近所で。

地図上では、歩いて1時間もかからないはず。
はじめて行く場所だから、念入りにチェックしたのだ。
電車にはあまり乗りたくないから、徒歩を選んだ。
あの建物を目印にしていたはずが、あの建物を見失うわたし。
大丈夫そうな気がしたから、地図を印刷してこなかった。
スマートフォンなんて便利ものは、持ち合わせていない。
「あ…」と言う間に、迷子の出来上がり。
わたしは大きな迷子。

2時間迷った挙句、1度自宅近辺まで戻り、諦めて電車に乗った。
お巡りさんは、大人の迷子にも親切だった。

引きこもりをやめようって決めるまでのわたしは、いつも何かに怒っていた。
あの頃のわたしなら
”最初から電車に乗ればよかった!” となって、誰かに八つ当たりでもしただろう。
今はそんなことは起こらない。
時間には余裕がある。たぶん心にも少しだけ。
外はこわいけれど、散歩が好きになったし。
迷子になったことには困ったけれど、すぐそこにある(わたしにとっての)新しい町を見つけることが出来たのだし。

電車に乗れば30分で済む用事だったはずが、帰宅したのは5時間後だった。
結局用事は済ませられず。タイムオーバー。
せっかくだから今後のために、公共のトイレと交番周辺の街並みを暗記して帰った。
道中、行きたいと思っていた店があったから入った。お店の中が広くて緊張した。
人が沢山いた。みんな、自分の買い物に夢中だった。わたしも生活用品を買った。

週末の外出がすごくこわかった昨年のわたしを思い出す。
今日は日曜日なのに、こんなに長い時間、理由なく外にいる。
緊張感はもちろんあるのだけれど、吐き戻すほどではない。
大丈夫、少しなら大丈夫なのだよ。
ああこれはとても喜ばしいことだなって、そう感じた。

ちなみに、迷子になるのは今年2回目だ。
迷子には慣れている。ずっと人生の迷子をやっているわけだし。
なんて、なにうまいこと言おうとしているのだろうか。
ただの迷子のくせに。

これは昨日のはなし。
今日こそ郵便局に行く。行き慣れたほうの郵便局にしておく。


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「物言わぬ支持者」という表現がとても好きである。
この表現を知ったのは有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMERというラジオ番組だ。
(記憶違いかもしれないが)
有吉親方の
「物言わぬファンが応援してくれていることも知っているから」という発言が耳に残った。

最近、心が苦しくてたまらなかった頃のことをよく思い出す。
心の内を書き始めたことが関係しているのだろう。

わたしは比較的穏やかな引きこもりに進化した。
1番根深い苦しみは、様々なことがうまく重なり、薄れていった。
それからは、のんびり屋という仕事をしている。(ちょっとしたユーモアだよ)
現在は、心と身体のバランスが取れなくて四苦八苦しているくらいだ。
もう大丈夫なはずなのに上手くいかない、そのようなものだ。

あの頃のわたしを思い出すたび、同時に考える。
引きこもりだろうが、そうでなかろうが、
あの頃のわたしのように苦しくてたまらない人が、世の中には沢山いるのだ。
そう考えると、胸がキューウとなる。

苦しかったことは全部忘れたい。考えたくない。
引き戻されそうになるから。
やはり忘れてはいけない気もする。だから思い出す。考える。

この先、あの頃のわたしのような人たちと関わり合うことは、もうないのだと思う。
そのほうがいい。わたしはそんなに強くない。

けれども共に歩んでゆきたい。
それぞれが生きやすい人生を作ってゆくことを、遠くから願う。
わたしもまだ、その途中。

わたしは1番苦しかった頃のことを忘れない。
物言わぬ支持者でいたい。
そのことを一度だけ書いておこうと思った。


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